本文
鹿島港は、茨城県鹿嶋市、神栖市にまたがる太平洋(鹿島灘・北浦)に面した港湾です。
鹿島港は1963年(昭和38年)4月に国の重要港湾に指定されました。同年11月には、起工式が行われ本格的に建設が開始、1969年(昭和44年)8月1日に開港を迎えました。
このような華やかで大きな恩恵をもたらしてくれた鹿島港開港の背景には、様々な人々の協力がありました。
現在の鹿島港の位置する沿岸部は、かつては「鹿島砂丘」といわれる厳しい自然条件の下、細々と農業・漁業が行われている地域でしたが、1950年代(昭和30年代)後半に茨城県が「農工両全」と「貧困からの脱却」をスローガンに掲げて始めた鹿島開発が大きな転機となりました。
1964年(昭和39年)に入ると開発地域の用地買収が始まり、地権者が4割の土地を提供し、6割を代替地として地権者に戻す「鹿島方式」「六四方式」と呼ばれた独特の手法がとられ、地元地権者の理解と協力により進められました。国・県・地元の力が一つとなり鹿島港は開港されたのです。
鹿島開発により、鹿嶋市は飛躍的な発展を遂げました。特に鹿島臨海工業地帯は市の財政を支え、地域経済の活性化に大きく寄与しています。
鉄鋼や石油化学といった素材型産業や、首都圏向けの穀物を扱う飼料基地としても、重要な役割を果たしています。
鹿嶋市平井灘にあり、水深14m、A岸壁のみ供用開始されており、DWT55,000トン級、長さ198mの大型船舶に対応可能で、効率的な輸送ができます。
主な取扱貨物は、木質ペレットや石炭です。
これらは、バイオマス発電の燃料に使われています。
また、2020年(令和2年)9月に鹿島港が海洋再生可能エネルギー発電設備等拠点港湾(洋上風力発電設備の基地港湾)に指定されたことから、現在、外港地区のB岸壁では2024年度中(令和6年度中)の完成に向け、基地港湾に必要な岸壁整備や地耐力強化等の整備が、国の直轄事業により進められています。
鹿嶋市と神栖市の2市にまたがっており、現在もさらに使いやすい港に進化することを目指しています。
使用されている岸壁は、水深10mの3つの岸壁(C・D・E岸壁)で、船舶は最大でDWT12,000トン級、長さ152mまで入港できます。
また、港での物流をスムーズにするために、ガントリークレーンなどの諸施設が設置されています。
主な取扱貨物は、コンテナ(染料・合成樹脂など)、砂利・砂、金属製品、化学工業品などです。
これらは、自動車や電化製品などの部品やプラスチック製品など、みなさんが身近で使うものを作る材料に使われています。
神栖市奥野谷にあり、水深10mと7.5mの8つの岸壁(A・B・C・D・E・F・G・H岸壁)を備え、船舶は最大でDWT15,000トン級、長さ200mまで入港できます。
主な取扱貨物は、トウモロコシや大豆などの動植物性製造飼肥料です。
これらの飼料は、子豚や子牛の食べ物や植物の肥料になり、動物や植物を元気に育つのを助けます。
鹿島港にある3つの公共ふ頭の中で唯一完成しているふ頭で、毎日賑わっています。
※DWT(載貨重量(さいかじゅうりょう)トン数):船舶の最大積載量を表す単位
鹿島港計画平面図 [PDFファイル/643KB] 茨城県土木部港湾課「Ports of Ibaraki 2024」より