本文
十八、鹿島神山の鹿、晴雨を前知す
(『櫻齋随筆』より)
鹿島神宮の七不思議について、作者である鹿島則孝が不思議に思うこととして、「鹿島の神山の鹿が、明日晴れる日は鹿島神宮の森の古木が繁る場所へ集まり、雨が止む前日には北方の野原に行く」という伝承を挙げています。
則孝は続けて、「明治維新後に神山に銃猟者が立ち入るようになり、鹿も姿を消してしまった。」と記しています。現在伝わる鹿島神宮の七不思議には、この神山の鹿は含まれていません。
読み下し文
或人問云。鹿島神宮尓七不思儀阿りと。まことなりや。予答。往古より里俗ハ云傳ると雖も、予ガ不審く思ふハ神山の鹿ども可、明日降雨阿らんとする時尓ハ、前日晴天尓ても必らず宮林の南方、古木乃繁茂せ流所尓集り来里。又明日雨晴れんとする前日にハ雨中尓も必ら須、北方の野原に出行く奈り。是ハ皆気尓感じてのことなるべし。度々目撃せり。維新後神山も大方官有地と奈り、銃猟者立入り、方今ハ鹿も跡を絶天、一ッの不審を闕多り。
現代語訳
ある人が問う。「鹿島神宮に七不思議があるというが本当なのか?」私(鹿島則孝)は答える。「昔から里俗(りぞく)*1として言い伝えられているが、私が不思議に思っているのは、鹿島の神山の鹿たちは、明日雨が降ろうという時は、前日晴天でも必ず宮林(鹿島神宮の森)の南方の古木が生い茂るところに集まってくる。また、明日雨が晴れるという前日には、雨の中でも必ず北方の野原に出ていく。これはみな鹿たちが「気」を感じているからであろう。私は度々目撃している。明治維新後に神山も大半が官有地となり、銃猟者が立ち入るようになって、現在は鹿も姿を消してしまったので、一つ不思議に思っていることが無くなってしまった。」
*1 地方の風習。土地のならわし。