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十六、鹿島にて鷲を銃猟す

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記事ID:0066598 更新日:2022年11月1日更新

『櫻齋随筆』より)

 鹿島の山中で狩猟された鷲を作者である鹿島則孝が買い取ったと記録されています。翼を広げると8尺(約242cm)もある立派な鷲だったようです。​

読み下し文

嘉永の初能ころ三笠山の松尓、鵜乃多く巣をつくり枝葉越枯す由ゑ、鵜を追立の為に行方郡根小屋村より銃猟を業とする兄弟の者を雇ひ、日々う多せし事阿りしが、其頃山内の老松に鷲の宿るありし越、可の猟師二羽迠打留多り。其一羽を予ガ金二歩尓天買得多るガ、尾は粕尾尓天、翼ハ黒ホロ也。翼をひろげるハ八尺余ありし。尾ハ拾二枚あり。此内尓天尺二矢二手を矧ガせ、余は賣拂ひ多り。彼是金弐両余尓奈りし。

現代語訳

 嘉永の初め(1848年)ごろ、三笠山(現在の鹿嶋市宮中三笠山地区)の松に、鵜が多く巣を作り、枝葉を枯らすので、鵜を追い立てるために行方郡根小屋村(現在の茨城県行方市)より銃猟を生業とする兄弟の者を雇い、日々撃たせたことがあったが、そのころ鹿島山中の老松に鷲が止まっているのを、この猟師が二羽まで打ち留めた。そのうち一羽を私(鹿島則孝)が金二分で買い取ったが、尾は粕尾*1で、翼は黒ほろ*2であった。翼を広げると八尺(約242cm)余りあった。尾は12枚ある。このうちから、一尺の矢二本を作り、余りは売り払った。全部で金二両余りとなった。

*1 うす黒の斑がある。
*2 保呂羽(ほろば)と呼ばれる鳥の両翼の下にある羽の色が黒いもの。矢羽に用いられる。

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