本文
三、息栖村砂山にて、水牛の鬪い
(『櫻齋随筆』より)
作者である鹿島則孝が、息栖村砂山(現在の神栖市砂山地区)を訪れたときの事。雨降る夜にうめき声がしたため恐ろしくなって逃げだしたものの、翌日もう一度行ってみるとそこには大きな牛のような蹄の跡が。
則孝は「噂に聞く水牛がメスを巡ってケンカをしていたのだろう」と考察します。水牛は東南アジアでは古くから広く家畜として飼われているものの、日本には輸入されたものしかおらず、本当に水牛だったのかはわかりませんが、怖い目に合っても好奇心旺盛に事実を解明しようとする則孝の姿が伺えます。
読み下し文
或秋の雨中深夜尓、太田新田の砂山下迠至りし尓、何やらん砂山尓天、大尓うめくこゑして、カチン〳〵とは介しき音の聞えし由ゑ、恐怖し天不う〳〵迯帰りしガ、餘り不審さに翌日ハ雨もやみし由ゑ、舟尓天昨夜聞し処尓至り、砂山尓上り見るに何もあやしきこと者無く、只大奈る蹄の跡残りて、その蹄ハ牛の蹄尓似天、甚多大奈り。是ハ兼て聞及し水牛尓て、雨の夜奈どにハ、上陸春ること阿里。両牛の鬪天、角の觸たる音能、高く聞えし奈らん。此事ハ稀尓ハあ連ど、白昼尓見多る者無しとの話なり。
予案るに、牛馬ともに遊牝の時尓ハ、互尓牝を争ふて闘もの奈連ハ、水牛も同しく闘争せしならむ。
現代語訳
ある秋の雨の深夜、太田新田の砂山下(現在の神栖市砂山地区)までやってきたところ、何やら砂山にて、大きなうめき声がして、カチンカチンと激しい音が聞こえたので、恐ろしくなってほうほうの体で逃げ帰った。しかしあまりの不審さに、翌日雨が止んだので、舟で昨夜声を聞いたところへ行ってみた。砂山に登って見たが、何も怪しいところはなく、ただ大きな蹄の跡が残っていた。その蹄は牛の蹄に似ていて、とても大きかった。これは、以前より聞き及んだ水牛であろう。雨の夜などには上陸することがある。両牛の闘いで、角が触れ合う音が高く聞こえたのであろう。こういうことは、まれにあるが、白昼に見た者はないとの話である。
私が思うに、牛馬も盛りがついたときは、互いにメスを巡って争うものなので、水牛も同じく争っていたのであろう。