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明石家文書「御年貢の事」其の三

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記事ID:0062715 更新日:2022年6月8日更新

其の三:「當辰御検見内見合附帳」

『明石家文書』より)

 天明四(1784)年、天明の飢饉が始まって二年目のこの年も天候不順で、秋の収穫前に凶作の兆候がはっきりしてきたため村が独自で検見を行いました。
 その結果はこの「内見合附帳」としてまとめられ代官所に提出されて、本検見要請の基礎資料として活用されました。​

原文

明石家文書 御年貢の事 其の三 古文書1
明石家文書 御年貢の事 其の三 古文書2

解読

(解読:鹿嶋古文書学習会)

明石家文書 御年貢の事 其の三 解読

解説

 天明の飢饉発生から二年目の天明四年も大凶作で既にその兆候は早くから現れた為、村として事前の検見を行ない、その調査結果をこの内見合附帳に取りまとめて代官所へ提出しました。
 この調査は全部で百一枚ある本田の田(六町弐反六畝九歩)一枚ごとに所有者立会いの下、一坪当たりの籾の収量を予測したもので、相当の手間と時間を要したものと思われます。
 田の面積の下の「壱合毛、二合毛」などの記述は、その田で見込まれる一坪当たりの籾の収量を合で表したものです。
この結果を添えて代官所に本検見の実施を願い出ています。​

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