本文
健二とおまきの物語 (明石家文書より)
(『明石家文書』より)
明石家文書には、日露戦争に翻弄された若き夫婦「健二とおまき」の手紙が残っています。
健二は明治15年(1882)明石家の嫡子として父、与兵衛、母、とみの間に生を受けますが、父が間も無く死亡したため若くして家督を相続し、隣村、神向寺村の大久保甚一郎の娘まきと結婚します。
間もなく長男、與兵衛(よへえ)が生まれましたが、徴兵令により、明治36年(1903)正月、佐倉歩兵第二聯隊(れんたい)に入隊、第三中隊に配属されます。その後1年余りで日露戦争が勃発し、それに伴って翌37年(1904)4月に出征、同年11月、旅順攻撃戦で戦死しました。健二は僅か23歳、残されたおまきも25歳の若さでした。
健二は入隊後、おまきと頻繁に手紙のやり取りをしており、明石家文書に現存するだけでも33通に上ります。この当時の兵役義務年限は3年間でしたが、健二は「2年で兵役を終えて帰休*1するため、軍務に精励する」との心構えを手紙に綴っています。出征まで日夜妻子を思い、1日も早い帰郷を願いつつ過ごした健二とその帰りを待ち続けたおまきの1年数か月余りにわたる往復書簡は、その結末を思うと何ともやるせない気持ちに陥ります。
ここでは入隊直後の明治36年に交わされた手紙をご紹介します。
*1 帰休…定員超過や本人の資質などにより現役のまま在営期間を短縮して帰郷できる制度。
(解読:鹿嶋古文書学習会)
健二よりおまきへ (明治36年3月12日付)
古文書
読み下し
拝呈春暖之候皆々様初免貴様等定免
て御変も無之御清栄ニて御起居被成候事
と奉恐察候降而拙子も二週間の演習も
無事ニ相務免帰営仕居り御休心被下度候
陳者第一期検閲も近日ニ迫り候本月 中丈
過ぎ来四月ニ至れば身体も大ニ楽と相成
候得ば是又御休心被下度候
拙者も軍隊の務免者実ニ其の身の不孝入営後
一日も我身の如き心地奈し多る事未多無之候
乍併是又国家の為と思ひ勤免働き一日も早久古
郷ニ帰らん事明暮忘する暇無之候相成可
勉強し二カ年ニテ帰らん事神ニ祈りつつ勉免居り
候間貴様も其積りニテ家業出精し子供
を充分ニ愛し育て御待ち居り被下度
貴様も一身ニなりて成田不動明王ニ祈願し
拙者の無事二カ年ニテ帰ん様祈り被下度此
段呉々も願上候余も又申上度き事柄数多
有之候得共後便ニ申可久候
草々
三月十二日 お満き殿
現代語訳
拝呈、春暖の候、皆々様もお前もお変わりなくご清栄にて御起居(生活)されていることと、お察しします。
私も2週間の演習を無事に務め、帰営しておりますのでご安心下さい。
さて、第1 期の検閲(試験)も近日に迫っている本月も半ば過ぎ、4月になれば身体もとても楽になると思いますので、これまたご安心下さい。
私も、軍隊の務めは、実にその身の不幸、入営後は1日も我が身の心地がしたことがありません。
しかし、これまた国家のためと思い、力を尽くして働き、1日も早く故郷に帰ろうと明暮忘れる暇はありません。勉強し2 年で帰ろうと神に祈りつつ軍務に励んでいますので、お前もそのつもりで家業に精を出し子供を充分に愛し育てお待ち下さい。
お前も一身になって成田不動明王に祈願し、私が無事に2年で帰る様に祈って下さるよう、くれぐれもお願いします。
まだまだ申し上げたいことはたくさんありますが、後便で申し上げます。
草々
3月12日 おまき 殿
おまきより健二へ (明治36年4月12日付)
古文書
読み下し
一筆啓上候扨てはや日に増し暖和の候に
相成候あなた様には御変りもなく益御壮勇
の段何より悦ばしき事にて安堵致し居り候
従って私事にも別□なく愛児にも□成
長いたされ候間何卒御心配被下ましく候
偖て又先日のお話には写真御送付下さる
との御事誠に何より悦ばしき事にて
嬉しさに不堪偏に御まち申居り候斯く
互に遠く別れ居り候ては御目にかかる事も
成り難き身の上なれば写真にても拝し上
恋しき心なぐさむる外なく候實に寝ても起
きても他に考えはなく一ト日も早くあなた様の御
帰宅をのみまち神に仏に祈り入り候希くは
よき手段を得てあなた様二カ年にて除
隊に相成候事の出来得る様なる譯には
行かざるものにや實に思えば何たる因果かと
考えくれ候されど御ふ在中秘に於てたとへ
如何様なる事有りと雖も他人に指さされ笑
わるべき様の事は決して露程も之なき
用何事も自ら注意致し居るの精神に候
卒あなた様には妾の事は一切御心配
なく御務めの道專一に被遊候様願上候
当時は景況も誠に宜しからず漁業は続
て更に之なく諸人皆困難の有様に御座候
農事も只今は誠に忙しく相成申候
尚申上たき事山々なれど後便にゆずり
先は□□□□筆とめ申上候□□
目出度
かしこ
満きより
※封筒の消印より判読せし日付は参拾六年四月十二日
現代語訳
一筆啓上
さて、はや日に増し暖和の候になりましたが、あなた様にはお変りもなく益々ご壮勇の段、何より悦ばしき事で、安堵致しております。
したがって、私事にも別□なく(別段なくカ)、愛児にも□成長頂いておりますので、何卒御心配下されませぬよう。
さてまた、先日のお話では、写真をご送付下さるとのことで、誠に何より喜ばしい事で、嬉しさを堪えきれず、ひとえにお待ち申しております。
このように、互いに遠く別れていましては、お目にかかる事も難しい身の上ですので、写真を拝んで恋しき心をなぐさめるほかありません。
実に、寝ても起きても他に考えることはなく、1日も早くあなた様のご帰宅のみを待ち、神に仏にお祈りしています。
どうかよき手段を得て、あなた様が2年で除隊になることが出来る様ならば、(兵役に)行かなければならないものであろうか、まったく何たる因果かと考え暮れていましたが、ご不在中は心に秘めておいて、例えどんなことがあっても、他人に指さして笑われるような事は決して露程(つゆほど)もないように、何事も自分で注意している精神でございます。
何卒、あなた様は私の事は一切ご心配なく、お勤めの道に専念してくださいますようお願い申し上げます。
昨今は景況も誠によろしくなく、漁業はさらに不景気で、皆困窮している有様です。
農事も只今は誠に忙しくなっております。
なお、申し上げたいことは山々ありますが、後便にゆずり、先は□□□□筆を止め申し上げます。
目出度
かしこ
満きより
36年4月12日