本文
三、筆者鹿島則孝の住まいの桜
(『櫻齋随筆』より)
ここでは、則孝公の住まいの庭に咲く桜について書かれています。
読み下し文
我が隠家の園に、時じくに、花さく桜三種ありけり。
その一は、花も常の山桜よりも、大いなる一重にてうす紅の色をふくみ、 猶つぼめるほどは、紅にして茎は長くなんありける。
いま一つは、こも一重にて、色は白花の、つぼめるほどは、心ぼそきまで、くれなゐを含みたるが、茎は短くて梅はどに似つかはし。
あと一つは、世に彼岸桜とかいふにて、紅いと深き、八への花なり。
この三くさの花は、秋冬も知らぬにや。常磐に、若葉生え出て、いつも春なるといはむ様に、実子さえ常に結ひて、花は秋分の季節より春分の頃まで枝に絶ることなく、げに、世にめづらしき桜なりけり。
その様はしも、秋の隈なき月かげに、おきそふ露もゑむにやさしく、白く作り出で、紅葉する同じ梢のそのうちより、白く咲出たるは、春秋の眺めを ひと時にしめし、落葉するほどは、世にかへり咲きとかいう、 儚きたぐひには、似もやらずときめきいで、また静けき日陰には、こと更に花も多く、若葉もつや〳〵しく生出てゝ、また来に春の通ふかと疑われ、雪の降りはれし夜半は、月に映ふ影の、ものすさまじくはあれど、月雪花の三っつの眺めを、あつめたるもおもしろき。
如月、弥生の頃は、わけても云わず。また、五月の初めっかた、繁りあう梢の涼しき陰に猶咲残れるは、青地の錦に、玉をつゝめる心ちぞする。折から、ほとゝぎすのしのび音に鳴きゆくなど、なにこゝろせむ。
されば、斯くの時じくに咲けるを見つゝ、たのしき月日を送る、花好のひがくせある老が身、やま人の住むといふなる、よもぎが島のも、勝るらむ
解説
庭に咲く珍しい三種の桜について書かれています。三種はいずれも秋も冬も咲く珍しい桜で、その桜の花が、四季折々の風景と折重なって非常に美しい情景を作り出す様子が綴られています。
秋には紅葉と一緒に「春と秋の風景を同時に眺める」ことができ、雪の降る季節になると「雪・月・桜の3つを集めた風景を、また5月初旬には「新緑の中に咲く桜」を見ることができると書かれています。新緑の中に咲く桜を「青地の絹織物に玉(宝石)を包んだようだ」とその美しさを綴っています。
四季の桜を楽しむ日常を「蓬莱山にも勝る」とする翁の桜への愛情が伝わります。