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金砂神社の例祭
沼尾地区の鎮守・金砂神社の祭礼の際に祭頭囃子が使われていました。
この例祭は、毎年11月23日に執り行われています。(昭和56年発行の茨城民俗学会『国鉄鹿島線沿線の民俗』の「鹿島の祭頭祭」の項では、この金砂神社の例祭が11月21日に行われたことが紹介されており、更に戦前には9月29日に行われていたと報告されています)。
沼尾地区には南組・笠懸組・大宮組・香取組・原組の5つの組織に分かれており、順番で神社の社守をする頭役(神主)の当番が一年毎に回ってきます。そして当番組の中から、頭役を勤める家が決ります。
この頭役の交代に伴う例祭が11月23日執り行われているのです。
前日
当番組の組員が金砂神社の境内・社殿を清め、注連縄を張り、参道には一対ののぼり旗を立てます。
当日
朝、当番の家の座敷に設けられた仮宮の前で当家祭を行います。祝詞の奏上や神酒献杯、宴が催され、出立にあたって神を言祝ぐために祭頭が囃されます。村人はこの時囃す祭頭を「出祝い(ぼでかい)」と呼びます。
そして本殿の鍵を三宝に載せ、神前供物を持ち祭頭を囃ながら金砂神社へ。
昼頃、社寺総代、各組当頭、次の当番(下番)の頭役、区長等が神社に参集し神事を行います。さらに、神前で当年の当頭から次番の当頭に本殿の鍵受渡しの儀式が行われ、1年間の各種祭礼行事が次の当番へ引き継がれます。
茨城民俗学会の「鹿島の祭頭祭」(『国鉄鹿島線沿線の民俗』所収)によれば、更にこの後、頭役の家に設けられた仮宮が、下番の頭役の家に移されます。その際に、下番組の使いが下番頭役の家から現頭役の家にやってきて「七度半の使に参りました」と言うと、現頭役の家に招き入れられ、饗応し、夕方頃に仮宮が新頭役の家に運ばれます。この際にも「出祝い(ぼでかい)」つまり祭頭が囃され、新頭役の家に近づくと、“ 新頭役の家に近づき太鼓を打ちながら祭頭囃を唄うと、これに呼応して手拍子を打ちながら組の者や家族の女性達が囃す ” と同著に報告されており、祭頭囃子が例祭の進行に重要な役割を担っていたことが伺えます。
現在では、簡略化されてしまっている部分はあるものの、この例祭は受け継がれ続けられています。