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平井のはだか祭頭
記事ID:0050196
更新日:2021年3月29日更新
「はだか祭頭」は、平井地区で三月三日に行われていたお祭りです。いつの頃から始まったのかは分かっていませんが、大正時代頃までは盛大に行われていました。
平井地区は、南住と北住に分れていたので、それぞれ当番宿を決め、この宿の隣家十数軒がグループになって、前日の三月二日から準備にかかります。
大豊竹、大纏等の道具をそろえ、酒食の準備をします。三月三日の当日を迎えます。
まず、昼の行事は、十三才以下の子どもたちを集め真裸体になり褌(ふんどし)をしめ、はち巻をして太鼓を合図に祭頭ばやしで気勢をあげて、左方が先頭となり、右方と一体となって鎮守様を参ります。
本番は、深夜十二時頃から始まります。次第に集って来た南北の若衆が、南北、時刻を打ち合せて、元気よく大豊竹、大纏を先頭に祭頭ばやしをあげて出陣となります。
鎮守参りをすませて、宝持院に集まり、大豊竹を守って戦いが始まります。互いに相手方の竹を倒すことが目的で、勝敗を競い合う勇ましいお祭です。この頃の時代では、若者のエネルギーの発散の機会としては楽しい行事であり、若者の間には人気がありました。
昭和49年に撮影された写真からは、この時代には洋服で行われてるようになっていた様子が伺えます。一番先頭の人が「大軍配」を持ち、続く人らが「太鼓」「万燈(まんとう)」を持って、後ろを歩く子ども達が皆で「大豊竹(だいほうだけ)」を担いで歩いています。