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明治元年 井戸の枯渇・赤気の出現

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記事ID:0050259 更新日:2021年3月29日更新

読み下し

(1)​明治元年、戊辰、正月下旬より二月に至り、鹿島宮中諸所、井の水渇たり。予が邸の井も掘らせたり。諸方にても大方は掘りたりと。是は今年、霖雨の兆なるべし。(略)

(2)​同二月二十日、夕七ッ時、北方に当たりて赤氣立ち、乾より、艮に渡り、其色の如くにて、地上の物皆映ず。是は本年、奥羽二国の戦闘、また北海道、同断の凶兆なるべし。

解説

(1)では明治元年1月下旬~2月に宮中地区の各井戸が枯れてしまうという事態が起きたことが記されています。

(2)では明治元年2月20日に現れた赤気(せっき)について書かれています。
(※赤気・・・夜、もしくは夕方、空に現れる赤色の雲気。[日本国語大辞典より])

〔意訳〕夕方の七ッ時(4時頃)に北方の空に赤気が立ち、北西(乾:いぬい)から北東(艮:うしとら)にかけて、その色の如く、地上の景色が皆映された。これはこの年の東北地方と北海道に起こる戦闘の凶兆だろう。

明治元年(慶應4年)は戊辰戦争が起こり、東北地方では、薩摩藩・長州藩(新政府勢力)と奥羽越列藩同盟の東北諸藩が激しく戦いました。この戦争で、長岡城(新潟県)・白河城(福島県白河)・鶴ヶ城(福島県会津若松)などが落城し、多くの人が知る「白虎隊の悲劇」などを生じました。

北海道では、戊辰戦争最後の戦いと言われる「箱館戦争」が起こり、幕臣榎本武揚が率いる旧幕府勢力と明治新政府軍が五稜郭を中心に戦火を交え、翌明治2年まで約7か月間戦争が続きました。

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