鹿嶋市
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ホームタウン



ホームタウン(歴史)

鹿島地方は古来、大和朝廷の東国経略の拠点として重要な地政を占め、常陸国一の宮・鹿島神宮を中心に栄えてきました。

千葉県香取市の香取神宮と並んで、鹿島神宮の祭神・武甕槌命(たけみかづちのみこと)に象徴される、文字通り武道発祥の地であり、室町後期には、剣聖・塚原卜伝(ぼくでん)や松本備前守尚勝が世に出て、一層“武の里”の名を高めました。

幕末には、鹿島神宮のかなめ石が地中で地震を起こす大鯰の頭を押さえているという言い伝えから、安政の大地震(1855年)をきっかけにして、錦絵じたての風刺画「鯰絵」が大流行しましたが、やがて復興で巨利を手にする資本家や黒船来航で混乱する幕府と世相への辛辣な風刺に転じたために取締りを受け、急速に姿を消していくことになったのです。また、伊勢神宮の宮司をつとめ、神宮皇学館大学の前身となる学問所を創始する尊皇家・鹿島則文が大宮司家に生まれ、明治維新にいたる思想形成にも大きな影響を与えました。


鹿島神宮本殿

[鹿島神宮本殿]


鹿島神宮鳥居

[鹿島神宮鳥居]


鹿島神宮楼門

[鹿島神宮楼門]


塚原ト伝の像

[塚原ト伝の像]


鯰(なまず)絵

[鯰(なまず)絵]



【参考】

○常陸風土記(8世紀初)に香島郡の条がある。「香島」から「鹿島」への表記の変化は、養老年間とされている。

○香取神宮の祭神は、経津主命(ふつぬしのみこと)

○卜伝創始の「鹿島新当流」が、今に伝わる。

○貞享4年(1687)、松尾芭蕉が鹿島を訪ね「鹿島詣」を著す。

○鯰絵は、2〜3カ月の間に200〜400種が刷られたともいわれている。






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